サポーターに批評性って必要か?

某所について。
一通りは見てます。部外者が言うのは…なのですが、過去に何度か見させてもらってるのですが、これから書くことに御容赦下さい。

私はサポーターって言葉が嫌いだ。最近ではサポーターってのを良くも悪くも隠れ蓑にしてるように見える。
「応援したいから応援する者」「クラブの苦悩を見続けてる者」「楽しくフットボールを見たい者」etc…どのカテゴリーであれスタジアムには色々な表情があってもいいと思う。
ただ、最低限のフットボールの対するマナー(ここでは知識・分別)ってのは持つべき。
日本って国はプロ以外のクラブにおける運営や接し方が難しい。デリケートな存在。そういうクラブに対してプロ・アマの分別もせず、得点者の欄だけ見た知識で、精神論や立て直しだの好き勝手に批評することってそんなに必要なのか?
それでサポーターを名乗って「12番目の選手」って言われても選手の側からすればアホみたいな存在に見えるでしょう。
そして好き勝手な批評がデリケートな存在のクラブに対してどう影響するのだろうか。




最近では若手サポーター系サッカーライターが新たな活路を下のカテゴリーに求めてる。地域決勝なんて色々なライターが文章を書いてる。
でもちょっと考えて欲しい。その文章を書いてるライターはどういう目線なのか?どういう意図があるのか?果たして日本にはクラブスポーツの文化、フットボールの文化が根付くのだろうか。
一見、良い時代になったかのように見えるが、生き急いでる感が否めない時代にも私は見える。
そろそろサポーターって言われる人々には批評性を求めるよりも、書き手の裏を見抜くくらいの賢さ、分別のある存在になってもいいのでは?と私は思う。




うーん、上手くまとまらない考えなのですが、保守派(←あえてそういう書き方をする)の方の話を色々と聞いてるので、そっち寄りになってしまう。
ネットには感情が無いから対話で…とか言ってるが、誰にだって「言葉は兵器」になることだってある。なので、自分の発言には責任を持つようにするし、意図的な表現(これは読み取ってほしいが…)とかはあるけど、軽率な発言には気をつけよう。